「フィル・フィッシュの没落|『日本のゲームはクソ』と嘲笑した天才開発者は、なぜ表舞台から消えたのか」

フィル・フィッシュについては、才能があることと、他のクリエイターへの敬意を持つことは別問題 ゲームクリエイター列伝

「日本のゲームはクソだ」。

2012年、世界最大級のゲーム開発者会議で、ひとりの日本人開発者に向けて放たれた言葉が、ゲーム業界に大きな波紋を広げました。

発言したのは、カナダのインディーゲーム開発者、フィル・フィッシュ(Phil Fish)。名作パズルアクション『FEZ』を生み出し、新世代のゲームクリエイターとして注目を集めていた人物です。

ところが翌2013年、彼は期待されていた続編『FEZ II』を突然中止し、ゲーム業界からの離脱を宣言します。

一方、かつて彼が厳しく批判した日本のゲーム業界からは、その後『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』や『ELDEN RING』など、世界的に高く評価される作品が次々と登場しました。

日本のゲームを酷評した天才は、なぜ自ら表舞台を去ることになったのでしょうか。

その発言、成功、炎上、引退宣言、そして現在までを振り返ります。

フィル・フィッシュとは何者だったのか

フィル・フィッシュ、本名フィリップ・ポワソン(Philippe Poisson)は、カナダ出身のゲームデザイナーです。

独立系開発スタジオPolytron Corporationを立ち上げ、長年の開発を経て2012年4月13日に『FEZ』を発売しました。

『FEZ』は、一見すると昔ながらの2Dドット絵アクションゲームです。しかし、プレイヤーが視点を90度回転させると、世界の地形や足場の位置関係が変わり、隠されていた道が現れます。

2次元の見た目と3次元の構造を組み合わせた独創的な仕組みは、ゲームファンだけでなく批評家からも高い評価を受けました。

2012年にはIndependent Games Festival(IGF)で最高賞のSeumas McNally Grand Prizeを獲得。開発過程はドキュメンタリー映画『Indie Game: The Movie』でも取り上げられました。

つまり、フィッシュは単に発言だけが目立つ人物ではありませんでした。

ゲーム史に残る作品を生み出せるだけの実力を、実際に証明したクリエイターだったのです。

2012年GDC事件|「日本のゲームはクソだ」

問題の発言が飛び出したのは、2012年3月、米国サンフランシスコで開催されていたGame Developers Conference(GDC)でのことです。

映画『Indie Game: The Movie』の上映後、登壇者たちに質問できる場が設けられました。

そこで日本人ゲーム開発者の後藤誠氏が、過去の日本製ゲームが世界の開発者に影響を与えてきたことに触れながら、現在の日本のゲームについての意見を尋ねました。

フィッシュの回答は、あまりにも直接的なものでした。

Your games just suck.

「あなたたちのゲームは本当にひどい」という趣旨の発言です。

会場には笑いや歓声が起こる一方、気まずい空気も生まれたと報じられています。

後藤氏は後日、当時の状況について日本のメディアの取材に応じています。英語で質問した日本人開発者が、多数の聴衆の前で自国のゲームを否定された格好になったのです。

もちろん、作品や産業を批評すること自体は問題ではありません。

当時、日本のゲーム業界には開発費の高騰、海外市場への対応、ユーザーインターフェースの改善など、議論すべき課題が存在していました。

しかし、個々の作品の問題点を分析することと、国単位でゲームをひとまとめに酷評することは別の話です。

しかも相手は、率直な意見を求めたひとりの開発者でした。

この発言が強い反発を招いた理由は、批評の内容だけでなく、相手への敬意を欠いた伝え方にもあったと考えられます。

実際には、その後に謝罪している

ここで重要なのは、フィッシュが最後まで謝罪を拒否したわけではないことです。

当初、彼は現代の日本製ゲームに対する個人的な評価だと説明し、批判的な見解を維持していました。

しかしその後、質問者の後藤氏に対し、自分の回答が失礼だったことを謝罪しています。

また、後藤氏自身も、フィッシュへの誹謗中傷をやめてほしいという趣旨の発信を行いました。

この一件を、フィッシュが日本人そのものを憎んでいた証拠として扱うのは正確ではありません。

問題だったのは、ゲーム産業に対する厳しい評価を、相手を傷つけかねない形で表現したことでした。

最大の皮肉|『FEZ』も日本のゲーム文化から生まれた

フィッシュの発言が皮肉に映る理由は、彼自身が日本のゲームから大きな影響を受けていたことにあります。

『FEZ』のドット絵、探索する楽しさ、隠された謎を発見するゲームデザインには、ファミコンやスーパーファミコン時代の作品を思い起こさせる要素が数多く存在します。

実際、2023年のポッドキャスト『My Perfect Console』では、日本発の『リッジレーサー タイプ4』『Rez』『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』などが、彼の選んだゲームとして紹介されています。

彼は日本のゲーム文化と無縁の人物ではありませんでした。むしろ、その魅力を深く理解していた世代の開発者だったのです。

だからこそ、2012年の発言は単純な日本嫌いの話では終わりません。

かつての日本のゲームに憧れて育ったクリエイターが、同時代の日本のゲームには極めて厳しい評価を下した。

ここに、この事件の複雑さがあります。

『FEZ』は100万本突破|ゲーム開発者としては大成功

2012年4月にXbox 360向けに発売された『FEZ』は、その後PCなどにも展開されました。

そして2013年12月、開発元Polytronは全プラットフォーム合計の販売本数が100万本を突破したと発表しています。

小規模な開発体制で制作された独創的なインディーゲームとして、見事な商業的成功でした。

ここは明確にしておく必要があります。

フィル・フィッシュは、作品が売れずに没落した開発者ではありません。

ゲームの完成度と売上は、彼の才能を裏付けています。問題は、その成功を次の創作活動へとつなげられなかったことにありました。

2013年7月|『FEZ II』突然の開発中止

2013年6月、フィッシュのスタジオは『FEZ II』の開発を発表しました。

初代が高評価を獲得しただけに、続編への期待も高まります。

しかし、その約1か月後の7月27日、Polytronは開発中止を発表しました。

直前には、ゲームメディアの論客マーカス・ビアー(Marcus Beer)との激しい対立が起きていました。

発端は、マイクロソフトのXbox Oneにおけるインディーゲームの自主販売方針について、フィッシュらがメディアの取材に十分応じなかったことへの批判でした。

ビアーは番組内でフィッシュらを強い言葉で非難。フィッシュもSNSで激しく反発し、やり取りはエスカレートしていきます。

そして『FEZ II』の中止と、ゲーム業界から離れる意向を表明したのです。

ただし、ここで2012年の日本ゲーム批判と2013年の中止を直結させることはできません。

当時の報道と本人の説明によれば、続編中止の背景にはメディアとの対立、長期間にわたる批判、ゲーム業界への疲弊など、複数の問題がありました。

後年の告白|そもそも『FEZ II』を作りたくなかった?

この騒動には、さらに重要な後日談があります。

2023年2月、フィッシュはポッドキャスト『My Perfect Console』に出演し、『FEZ II』の中止について振り返りました。

そこで語られたのは、当時の騒動だけでは説明できない事情でした。

彼の説明によれば、開発中止はゲームジャーナリストとの口論だけが原因ではなく、そもそも続編を制作すること自体に強い意欲を持てなかったことも大きかったのです。

ゲームが大成功したことで注目され、次のヒット作を期待される。その一方で、本人は続編制作を望んでいない。

そんな状況で起きたSNS上の衝突が、業界から離れるきっかけになったと理解できます。

ここから見えてくるのは、単に傲慢だった開発者の転落ではありません。

成功によって自由を手に入れたはずのクリエイターが、成功によって新たな重圧を背負うという逆説です。

引退宣言後のフィル・フィッシュはどうなったのか

ゲーム業界からの離脱を宣言した後、フィッシュは完全に創作活動を停止したわけではありません。

2014年にはインディーゲームを支援するPolytron Partnersの構想を発表します。

しかし同年、ネット上での攻撃や個人情報の流出を伴う事件にも直面しました。本人はスタジオや『FEZ』の権利を売却する意向まで表明しています。

その後も、2016年のVRゲーム『SuperHyperCube』などに関わりました。

また、初代『FEZ』は2021年にNintendo Switchにも移植されています。これは過去作品の移植であり、フィッシュ自身が新しい大作を完成させたという意味ではありません。

2022年にはEurogamer、2023年には『My Perfect Console』でインタビューに応じ、久しぶりにその考えを語りました。

さらに2026年1月27日には、『My Perfect Console』でフィッシュの回が公開されています。ただし、これは2023年のインタビューを再配信したもので、新たな制作発表ではありません。

再配信の冒頭で司会者は、2023年に本人が新しいプロジェクトに取り組んでいると話していたものの、その後の進展について新情報を把握していないと説明しています。

2026年11月時点で、今回確認した公開資料から『FEZ II』の開発再開や、本人による新作ゲームの正式な発売は確認できませんでした。

もっとも、表舞台から遠ざかったことをもって、現在の収入や生活、創作能力まで失ったと判断する根拠はありません。

日本のゲームはその後、世界で再び評価された

フィッシュが「現代の日本のゲーム」を酷評した2012年から、ゲーム業界は大きく変わりました。

2017年には任天堂の『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』が日本ゲーム大賞を受賞し、探索型ゲームの可能性を大きく広げました。

2022年にはフロム・ソフトウェアの『ELDEN RING』がThe Game AwardsのGame of the Yearを獲得。

2023年には『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』がBest Action/Adventure、『ストリートファイター6』がBest Fighting、『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』がBest Familyに選ばれています。

日本のゲーム産業が抱えていた課題がすべて解消されたわけではありません。2012年当時のフィッシュの批評にも、検討すべき論点はありました。

それでも、その後に登場した日本製ゲームの実績は、「日本のゲームはもう駄目だ」という一括りの評価では説明できないものです。

世界に評価される作品を作り続けること。それこそが、日本の開発者たちによる最も説得力のある回答だったのかもしれません。

日本のゲームを馬鹿にした報いだったのか

フィル・フィッシュの歩みを振り返ると、ある皮肉が浮かび上がります。

2012年、彼は日本のゲームを厳しく批判しました。

翌2013年、彼自身は期待されていた続編を中止し、業界から距離を置くようになります。

その後、日本のゲーム業界は数々の世界的ヒット作を生み出しました。

しかし、これを「日本を馬鹿にした天罰」と断定することはできません。

彼が業界を離れた背景には、本人の制作意欲の変化や、メディアとの対立、ネット上での過激な攻撃などがありました。

発言への批判は正当な論評として成立しますが、個人情報の流出や執拗な嫌がらせまで正当化されるわけではありません。

それでも、フィッシュの人生には、創作者にとって見過ごせない教訓があります。

優れた作品を一度作ることと、その後も作品を生み出し続けることは違います。

批評することと、批評の相手に敬意を払うことも、両立しなければなりません。

そして何より、才能は作品によって証明できますが、長く活動し続けるには、才能以外のものも必要になるということです。

まとめ|天才が残した名作と、失われた続編

フィル・フィッシュが作った『FEZ』の価値は、彼の過激な発言によって消えるものではありません。

一方で、2012年の日本ゲーム批判が不必要に侮辱的だったことも、歴史から消えるわけではありません。

彼は日本のゲーム文化に影響を受け、世界に評価される独創的な作品を作り、そして期待された続編を完成させないまま第一線から遠ざかりました。

没落という言葉が当てはまるとすれば、それは経済的な破綻ではなく、大きな才能と注目を得ながら、その後の代表作を積み重ねる機会を失ったという意味においてでしょう。

日本のゲームを酷評した開発者が沈黙する一方、日本のゲームは新しい傑作を世界へ送り出し続けた。

この対照的な歩みこそ、フィル・フィッシュという人物の歴史に残された、最大の皮肉なのかもしれません。

参考資料・出典

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