ゲームボーイの『テトリス』はなぜ友だちと遊びたくなる? 通信ケーブルが変えた一人遊び

テトリスのブロックが映る二台の携帯ゲーム機を、黒い通信ケーブルでつないだイラスト ゲーム文化・歴史

ゲームボーイの横に開いた小さな端子に、通信ケーブルを差す。もう片方を友だちの本体につなぐ。すると、いつもは自分の画面の中で完結していた『テトリス』に、自分の思いどおりには動かない相手が現れる。二人は同じテレビを見るわけでも、順番に一台を回すわけでもない。それぞれが自分の画面を見て、同時に落ちてくるブロックと向き合う。一本の線の両側に、別々の判断がある。

1989年のゲームボーイ版を振り返るとき、持ち歩けるようになったことはもちろん大きい。だが、携帯ゲーム機であることは、家の外に持っていけるというだけの話ではない。画面も操作部もプレイヤーの数だけ用意できるから、遊びを始めるときの関係も組み替えられる。一人ならすぐ始められ、相手がいるときだけ二台をつなぐ。『テトリス』という一見すると静かなパズルが、この二つの場面を同じゲームの中に収めた。

テトリスはゲームボーイのために生まれたわけではない

The Tetris Companyの公式年表は、アレクセイ・パジトノフがモスクワで1984年にElectronika 60用の最初の版を開発したと記している。年表によれば、その後IBM PCに移植され、さらに欧米のパソコンにも広がった。ロジャースが作品に出会い、日本でパソコンやファミコン向けに展開したことも載っている。ゲームボーイが登場するより前から、落下する形を並べて列を消す遊びは、違う機械へ移せることを示していた。

ここで、同じ名前のゲームが出たからといって、すべての版の操作や対戦方法が同じだったとは考えないほうがいい。共通するのは、形を見て、回し、置く場所を選び、横一列を埋めるという骨組みだ。機種が変われば画面の見え方も、手元の入力も、誰とどこで遊べるかも変わる。作品の歴史を知るうえでは、何を残せたかと、移植先で何を付け足せたかを分けて見ると面白い。

ゲームボーイとの関係をたどるには、ルールを考えたパジトノフと、作品を流通させたヘンク・ロジャースの仕事を分けておきたい。公式年表では、ロジャースが携帯機向けの権利を確保し、任天堂にライセンスしたとされる。パジトノフが落ち物パズルを作ったことと、特定の携帯機で広く遊べる条件が整ったことは、別の出来事である。遊びの発明だけでも、売り場に並べる力だけでも、ゲームボーイ版の歴史は説明できない。

小さな画面でも、迷う場所は小さくならない

テトリスの盤面は、見渡せる大きさの枠のなかにある。ここで重要なのは、ブロックがどんな色で描かれるかより、隣のマスとの境目、下に積んだ段の高さ、そして空いている列の形が見分けられることだ。形を回して向きを変えると、いままで置けなかった隙間が候補になる。枠が小さくても、こうした関係が読めれば、次の一手を考える材料は失われない。

例えば縦長の棒を待って、右端を空けておく。今来た形を置く場所にはいくつか候補があるが、そのうちどれが棒を入れる道を塞がず、同時に他の隙間を増やさないかを考える。棒がまだ来なければ、高く積んで待つのか、途中で小さく列を消して持ちこたえるのかも決めなければならない。ここで扱う情報は、きれいな背景や遠くの敵を必要としない。それでも、未来の一手を想像し始めると、簡単な形の組み合わせは忙しくなる。

この点は、携帯機のために遊びを短く切り詰めたという理解とも違う。空き時間に一回だけ遊べることと、長く考えても飽きないことは両立する。ゲームの途中まで話を覚えていなくても、盤面を見れば、その回に何が問題か分かる。しかも何回か遊ぶうちに、同じ形を見て考えることが変わってくる。始めるために覚えておくことが少なく、上達するにつれて判断の種類が増える。この組み合わせは、携帯機で遊ぶ時間の長さを自分で決めたいときに都合がいい。

色の少ない表示を、ただ昔のハードの弱点として見る必要はない。細部に頼れないぶん、どんな形が来て、どこに穴があり、どこまで積み上がったかという関係が画面を占める。とはいえ、小さな表示が誰にとっても見やすかったとまでは言えない。実物の液晶には光の当たり方や見る角度の問題もある。ここで注目したいのは、制約のある画面でも、面白さを成り立たせる情報を残しやすいルールだったという点だ。

同梱は、箱を開けて最初に遊ぶものを決める

公式年表は、携帯機向けの権利と同じ1989年の項で、ゲームボーイ本体と『テトリス』の同梱を紹介している。これはすべての地域の本体に最初から同梱された、という話とは区別したい。日本では任天堂の年表がゲームボーイ本体とゲームボーイ版『テトリス』をそれぞれ記載している。地域による売り方の違いを考えずに同梱の一言で済ませると、携帯機を買った人がどう遊び始めたかを見誤る。

ロジャースは『TIME』のインタビューで、日本で発売されたゲームボーイを見て『テトリス』に適した機械だと感じたことを話している。同梱ソフトは、機械の性能をすべて見せる見本である必要はない。新しく手にした人が最初に何をするかを決めるソフトでもある。ゲームを何本も調べてから選ぶ人だけでなく、遊び方が合うかを買ってから試したい人にも入口を作れる。

箱から出して電源を入れ、落ちてきた形を置く。その行為に、別の世界の設定を知っていることは求められない。誰にとっても最初から簡単という意味ではないが、何を見ればよいかは一画面で示しやすい。たとえば横一列が埋まって消えると、次に何を繰り返せばよいかが目に見える。携帯機を使ったことのない人に、本体の説明より早く遊びを渡せることが、同梱という売り方に合う。

また、同じソフトが二人の家にある可能性が高くなると、通信で遊ぶきっかけにもなる。これは同梱が対戦人口を何人増やしたと証明する話ではない。本体だけ持っていて、相手が別のソフトしか持っていなければ、二台をつないでも同じ対戦には入れない。二人の持ち物に共通するゲームが一つあることは、ケーブルが実際に使われるための条件を一つ減らす。遊び方と売り方が、そこでつながる。

一本のケーブルで、二つの盤面が同じ勝負になる

任天堂の年表は、ゲームボーイ版『テトリス』で本体どうしをケーブルでつなぎ、対戦できたことを明記している。任天堂の周辺機器紹介でも、対応ソフトによって通信の用途が異なり、同時対戦がその一つだったと説明されている。端子があるだけでは、つないで何が起きるかは決まらない。『テトリス』は、いつもは自分のためにそろえる列を、相手と競う遊びに持ち込んだ。

一人で遊ぶとき、うまくいったかどうかは、これまでの自分の記録や、その回にどこまで積めたかで考えやすい。二人で同時に遊ぶと、同じ一手にも別の時間感覚が入る。自分は大きく消す準備をしていても、相手はすでに盤面を整えているかもしれない。自分が得意な形を待つ時間は、相手も手を動かしている時間だ。対戦を始めたからといって、新しい操作を覚えることが中心になるわけではない。いつもの操作の価値を測る相手が、その場にいる。

順番に一台を渡して、あとで点数を比べることでも競争はできる。それなら、相手が遊ぶときは手を休めて、目の前の操作を眺められる。同時対戦では、相手を気にしながらも、基本的には自分の画面を見て手を動かさなければならない。終わってから、どこで苦しくなったかを二人で話す。プレイの最中に見える範囲が別々だから、あとで聞いた話に、自分が見ていなかった勝負の半分が出てくる。

家庭のテレビを使った対戦は、全員が一つの場所を見られる良さがある。手元に別々の画面があると、相手の事情を一目で把握できるとは限らない。その一方で、それぞれの目の前のゲームが途中で途切れず、同時に緊張を保てる。携帯機二台という形は、一人で画面に集中する感覚を残したまま、その集中を他人の遊びに結びつけた。

通信には、友だちと持ち物がそろう必要があった

現在のオンライン対戦では、離れた相手をゲーム内で探すことができる。通信ケーブルで遊ぶときは、相手が近くにいて、対応した機械とソフトが手元にあり、つなげる道具も要る。ケーブルを買えばいつでも対戦できるというわけではない。そうした手間があったから、便利さの面で現代の機能とそのまま比べても、当時の面白さは見えにくい。

反対に、条件がそろうと、誰と遊んだかがゲームの思い出と結びつきやすい。相手の得意な積み方も、負けたあとにもう一回と頼んだ場面も、その場所の記憶になる。対戦の結果だけを受け取るのとは違い、何のために二台を持ち寄ったか、誰がケーブルを持ってきたかまで、遊びを説明する材料になる。これはゲームボーイを持っていた全員の体験だという主張ではない。ケーブルでしかつながらない方式が作りやすかった場面を考えている。

一人用の遊びが面白いことは、この手間を抱えた機械では特に重要だったはずだ。普段は対戦相手がいなくても遊び、自分でルールを覚えられる。相手と会った日には、準備してきた技能をそのまま使える。二人が初めて一緒に遊ぶとき、相手の前でようやく操作を覚える必要がない。毎日使う一人用のソフトの延長に、たまに使う対戦がある。それなら通信を使わない日にも、同じカートリッジを持っている理由がある。

99人対戦と比べると、何が増えたかが見える

任天堂の『TETRIS 99』公式ページは、ブロックを消して他のプレイヤーを攻撃し、99人の最後の一人を目指すオンライン対戦と説明している。1989年版と並べて見ると、同じ落ち物パズルでも、対戦相手を見つける手間、同時に参加できる人数、勝負を通じて気にする相手の数が変わった。二人で顔を合わせて遊ぶときと、大勢の中で生き残るときでは、同じ緊張とは呼びにくい。

人数が増えることは、以前の遊びの価値が下がることではない。二人だけなら勝負が終わったあと、どちらが途中で崩れたかを話しやすい。大勢の対戦では、終盤まで残ったという目標や、別の相手とすぐ遊べる手軽さが大きい。面白さの違いを人数の多さだけで測るより、次もその相手と遊びたいのか、知らない人を含む大きな競争に入りたいのかを考えると分かりやすい。

歴史の流れとしても、ゲームボーイの通信対戦が直接そのまま99人対戦になったと考える必要はない。それぞれ別の機械と通信環境の上に作られた製品だ。共通しているのは、自分が目の前でブロックを置くという基本の行為と、他人の判断が同時に進んでいることを組み合わせられる点だ。競争を始める方法は変わっても、盤面を読む仕事は残っている。

移植の歴史には、遊ぶ場所を選んだ人の仕事がある

パジトノフが考えたルールから、ロジャースの携帯機向けの権利確保、任天堂の機械と通信機能までをたどると、ゲーム史をクリエイター一人の伝記だけで語る難しさが分かる。形が落ちる面白さを作ること、どの画面に載せるかを考えること、必要な契約を結ぶこと、相手と同時に遊べるよう実装することは、違う種類の仕事だった。それらが一つの製品に集まったとき、プレイヤーは理屈を知らなくても、スイッチを入れて遊び始められる。

移植を数字だけで見れば、売れた版が最も重要に見える。けれど、機械が違うと、自分のプレイを他人に見せるときの距離まで変わる。テレビの前でみんなに見られるのか、手元をのぞき込まれるのか、隣の人が別の盤面で遊んでいるのか。画面を作り直すことは、画像の大きさを調整するだけの仕事ではない。プレイヤーがどんな場所で、誰の近くで、何をしながら遊ぶかを選ぶことでもある。

『テトリス』の場合、出先でも始められる遊びと、家族や友人と待ち合わせて遊ぶ方法が、同じ携帯機に入った。小さな画面は、外の世界を締め出して一人の時間を作ることができる。ケーブルをつなぐと、その画面の外に、気にする相手が一人増える。携帯ゲーム機で対戦するという発想が今では当たり前に思えるとしても、ゲーム機が二台並んだ場面を想像すると、機械の形が遊びの関係を決めていたことが分かる。

この違いを一番簡単に確かめるには、点数を比べる遊びと、同時に始める遊びで、自分がいつ危険を取るかを比べてみるといい。点数を後から比べるなら、自分の記録を伸ばせる手を待つことに納得しやすい。同時対戦では、待つあいだの相手の動きが気にかかる。見た目には同じようにブロックを積んでいても、どこまで待てると思うかが変われば、その一手の意味も変わる。

ゲームボーイ版を思い出すとき、白っぽい本体や小さな液晶だけを思い浮かべる人もいるだろう。もう一つ思い浮かべてほしいのは、二台をつなぐ線の向こうに、別のプレイヤーの親指が動いていたことだ。一人で遊ぶために持ち歩けて、誰かと会ったらその場で勝負にできる。『テトリス』とゲームボーイの相性は、小さくなった画面だけでなく、二つの画面を必要なときだけ結べたところに表れている。

参考資料・関連記事

The Tetris Company|テトリス公式年表

任天堂|ファミコン年表(1989年)

任天堂|ゲームボーイの通信ケーブル

TIME|パジトノフとロジャースへのインタビュー

任天堂|TETRIS 99 公式サイト

ゲムスク|横井軍平と十字キーの試作

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